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三浦 健太郎 - ベルセルク

2006. 04. 02 wrote.

ベルセルク 

三浦 健太郎
オススメ度
批評濃度
芸術レベル
関連サイト
Berserk Official Corner

※ネタバレ危険

 なんて凄い漫画なんだろう。逆に、漫画ってなんでこんなに凄いんだろう。
 そう思わせる漫画である。

 凄まじい戦闘描写は隙がなくバランスが良く重厚。

 戦闘描写と対極となるはずの人間描写…。その心理描写はトップレベルの少女漫画における豊かさ、繊細さ、複雑さを併せ持っているのだ・・・!

 技術だけじゃできるわけもないし、才能だけで、できるわけもない。
 
 出会いについて。

 私とベルセルクの出会いは、ベルセルクのアニメ化一月前のことである。

 たまたま”その巻”一冊を、当時の相棒は手に入れた。そして何か変な様子で、そのマンガのことを私に話してきた。
 見た様子、彼は全身を怒りのようなもので震わせていた。
 「スゴイマンガ買っちゃったよ…」
 『スゴイもの』と口だけで説明されるもどかしさに苛立ちながら、”それ”『ベルセルク13巻』を手にした。
 私はその衝撃と同時にその時の部屋の様子や、体勢、にじむ汗の感触までをはっきりと、今も覚えている。
 そして私達は少しずつベルセルクを買い求め、毎日読んだ。
 その頃は、よほど漫画揃えのよい店でないとベルセルクを置いていなかったから、ベルセルクのために渋谷のコミックステーションに行ったりもした。
 しかも、たまたま5巻から読み始めたのも、また運命。
 その5巻では、ベルセルクの掲載誌がアニマルハウスからヤングアニマルに変わり、その間8ヶ月の休載を経、作者の画力に大きな成長が見られるのだ。
 その成長後の凄まじい画力を以てベルセルクの本章ともいえる『鷹の団編』がスタートする。
 何より、ベルセルクの1巻~3巻はまずネタバレから始まっているのだ。
 その頃まだ三次元にうまく適応しきれていない乙女(腐女子)であった私は、すっかりグリフィスに心を奪われてしまい、10巻…11巻と、それはひんやりした心持ちで涙を滲ませながら読み進めたのであった---。

 三浦健太郎氏の、圧倒的な描写力には感服する。荒々しい程の力強い画風であるのに、人間の心理、それも男でも女でも、自在に描き込んでしまう。
 そして、これが一色のみで印刷された只の紙っぺらであることを忘れさせる、激情、パワーの描写。読んだ人間は、感情を押し流されずにはいられないのだ。
 この人は…、気の狂いそうな禍々しさと、一流の少女漫画顔負けの繊細さを同時に描くことのできる、稀な漫画家だと思う。
 

 『蝕』後について

 13巻以降を好きじゃないと意見する人もいる。
 私も、14巻からのノリは戸惑った。
 だけど、14巻以降は13巻までと異なる価値がある。
 何度も何度も読み返したくなる奥深さ。
 読み返したくなる力は、14巻以降のほうが上かもしれない。
 13巻までは、インパクトの強さに価値がある。
 
 それに、14巻の巻末で、ベルセルクプロトタイプが掲載されたことから、主人公の強い憎しみ・怒り・強さ・その理由というものが原点であることがわかる。蝕があり、14巻で1巻巻頭の原点に戻る。
 
 原点を描ききるまでは、それこそ身を捧ぐように筆を持つことができるだろう。
 しかし、原点を描ききった後に、それをまとめて行ったり、道を新しく創り出すことがどれほど困難なことかと思う。

 『蝕』以降がどうしても楽しめない人は、こう考えてはいかがだろうか。
 13巻までは、小説的。
 14巻以降は、詩的。

15、16巻

 『ロストチルドレンの章』では、綺麗な少女物語とエグイ戦闘描写の落差が非常に心地いい。

17巻

 坑道でひたすら複雑に苦悩する主人公の姿が切ない。

22巻

 14巻以降で特に好きである。  グリフィスとの再会はあまりにも鮮烈である。また、同22巻に収録されているファルネーゼとセルピコの生い立ちはなんとも耽美的である。  描画技能も格段にアップしている。

26巻

 ゴットハンドの一人が出てくれば否が応にも興奮せずにはいられないし、フローラと髑髏の騎士について、想像が掻き立てられる。  (スランって、あれ伊東順二の富江だよね?いいけど)

27巻

 フローラが最後の力で教え子を守るシーンは好ましいし、主人公が異形の甲冑を身に着け、ボロボロになってしまう姿が激しく、そして哀しい。  グリフィスが、お姫様をさらうシーンの美しさが見ものである。

 そして28巻だが…私としてはかなり冷めてしまう巻である。
 なぜならばかなり先のストーリーについて髑髏のおっさんが喋ってしまうから、これからどうなるのか数巻分予測できてしまうし、『謎の子供』についても、今出すべきだったのか?と疑問に思う。
 私が予想するに、『例の胎児の善玉』、もしくは『妖精の王』かと…。なんとなく関わり方が見えてしまう。
 妖精の力でズルしてキャスカの心が取り戻せるという希望がもたらされたのも、結構萎える。

 あと、30巻にしろ、大ピンチの時に間一髪で助けに来るシーンがあまりに多すぎる。まあ、キャスカの大ピンチで助けられなかった件が話の中心になってるので、その分救われるシーンも多くていいかもしれないのだけれど。

 これ以降については、やはり13巻までに出てきていたキャラクターが、悪役・味方問わず出てくると盛り上がると思うので、うまく持って行ってほしい。あまり無駄な戦闘シーンは欲しいとは思わない。

 とにかく、このような名作と同じ時代に生きていることを、非常に幸運に思う。そう思わせてくれる漫画である。

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