破壊の夜
それは決して全ての人ではないが、或る領域を心のどこかに持った人々は、Xの曲を聴いた時、自分さえも触れたことのないその領域に何か鋭くて光るものを射し込まれた感覚を得ただろう。
10年、彼らの代わりになるものを探した。この国で、この国の外で。
けれど、あんなにも悲しくて悲しくて、美しい烈しさを差し出してくれる人などいなかった。
「その領域」を持った人々は、だからこんなにも肩を寄せ合い待っていた。
嬉しいはずの再開が、あまりに悲しい歌のprologueで飾られたから、立ちながら私はただ泣いた。Xとのさよならの歌。The Lastsong。
そのときも、ヒデが死んだときも、私はこんなにも泣いたりはしなかった…
だけど…
弱すぎた私の10年に…長すぎたトシの10年に…切なすぎたヒデの10年に…
そして、多分強すぎたYOSHIKIの10年に。
私はただ泣いていた。老若男女の集うその席で。
前半、私は泣くばかりだったけれど、トシがあまりに懐かしくて優しい友人のようだったので、笑ってしまった。
トシの歌声からは、また歌いたいという気持ちが充分に伝わってきて心を打った。
それからは笑顔と無事再会できた安堵で呆然としたままパフォーマンスを見、初日破壊の夜に行くことは突発的に予定開場時刻過ぎてから決めた私は、事情からアンコール前に席を後にした。
隣の滋賀県から来たおばさんと握手をして。
なにやら批判意見の多い破壊の夜、動画でアートオブライフを見たけれど、曲が曲なのでやはり良かった。
ヒデの3Dホログラムが居るし…。
見れなくて悔しいと思った。けれどそれは心地良い悔しさだった。観ることが出来た人への祝福のように。
開演の遅れについては10年待って、私にとってはほんの数時間。
「今メンバーは何をしているのだろう、何を考えているのだろう」
私がメンバーを想い、メンバーが私達オーディエンスを想う時間。
何も演奏されないからこそ、貴重な数時間だった。
そして、重い重い復活一発目の音。
永遠の一秒。
演奏については、確かに、ドラムのタイムキープが崩れることがあり心配になる箇所もあったが、HIDEの音源に合わせようとしたせいかもしれない。
復活やHIDEが蘇ったみたいな演奏が嬉しければ嬉しいほど、どこかで感じるHIDEの空白の辛さと向き合うための日でもあったと思う。
それが開演の遅れに繋がり、演奏に繋がり不完全燃焼として皆に伝わったのだとしても…
それにしても、自分自身がドラムを勉強してから見ると他の部分も見えてくる。
なんとシンプルなドラムワークなんだろう。技巧などこらしていない。
ああそうか、トシの歌声と同じなんだ。
その向こう側から突き抜けてくる「表現」を届かせるため、透度の限りなく高いトシの声でなくてはだめで、透度の限りなく高いドラムでなくてはだめなんだ。
「こうしたらかっこいい」というような小手先の技を使わないで、本当に心から溢れる表現したいものを100%の表現に近づける。この難しさ。
メロディーさえも、シンプルで、歪みがなくて…
だから老若男女、幅広い人々にそれは届く…
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