"Ten-no" is not Emperor of Japan.
1998年のこんな記事を覚えている。
その記事に添えられていたのは、訪英の天皇が、パレード中に抗議を受けている写真だ。
なんでも第二次世界大戦中の元捕虜で、抗議といってもパレードの通りに沿い国旗を降ろして背を向けて立っているというものだから、さすがは英国紳士と妙に感心してしまった。
(参照) http://4travel.travel.msn.co.jp/e/msn/traveler/kumusta/pict/10563658/
その記事の見出しに記されていた、「Emperor of Japan」という文字を見て、考え込んでしまった。
Japanese Emperor?
天皇は「てんのー」なのに・・・。
特に私は、左翼的ともいえる戦後50年教育の申し子である。
同年代の女学生達は、皇室の暮らしぶりを耳にするとこぞって、「テンノーはずるい!」「テンノーはいらない、税金のムダ!」と悪口を叩いている。
日本国内で小娘に「テンノーイラナイ」よばわりされているにこやかなおじさんが、外国では「Emperor of Japan」。酷い違和感である。
「Ten-no」と「Emperor of Japan」。
語感に大きなイメージの差があるだけでなく、調べるところによると、Emperorの意味しているものはとんでもないものである。
ローマ法王(Pope)、女王・国王(Queen,King)、大統領(president)、首相(premier)よりも偉いという位置づけにあるのが天皇(Emperor)(小文字から始まるemperorは皇帝で、また別)というではないか。
これは明らかに誤訳ではないのか。
誤訳というものは恐ろしいもので、原爆を投下された原因ではないかとすら言われている。

また、英語が世界公用語のようになってしまうことも、平和を目指す上ではどうなのか。
「congenital biliary atresia」と言われてもbiliary、atresiaなどの単語は、常用単語ではないらしくEnglish speakerであってもそのまま意味がわかる人はまれらしい。
これを「先天性胆道閉鎖症」と表意文字(漢字)で表せば、漢字一文字ずつの意味さえわかっていればかなり正確に理解することができる。

しかし、表意文字を発音した場合、異口同音が多いため、口語として使うなら表音文字(英語など)が平和的なのかもしれない。
私としては、「インド英語」が世界公用語に適していると考えている。
例として、「Wednesday」この読み方を教えられなければ誰も「ウェンズデイ」とは読まないだろう。
しかし、インドでは見たまま「ウェドゥネスデイ」と読むらしい。
教えられなければ正しく喋れない、閉鎖的な言葉よりも、見たまま読めるほうが健全である。
しかし、見たまま読むにしても、母国語が何であるかによって変わってくるだろう。
結局、どの言葉も方言なのである。
話が言語についてにまで至ってしまったが、私が違和感を覚えた9年前に世界中の和英・英和辞典を修正していたならば、もっと世界と日本は仲良くしていたかもしれない。
尤も、英語圏の辞書を直したところで、特定アジアからの政治的反日扇動が静るものでもあるまいが。